前の10件 | -
ソーシャル・ネットワーク
人間とチンパンジーの遺伝子は99%同じだと言われてますが
最大の違いは「協力行動を自発的にとれるかどうか」なのだそうです。
どうしてそんな遺伝子を人間だけが持つようになったのか。
その由来に「なるほどなー」と思いました。
二足歩行するようになって、人間の骨盤は小さくなり、産道がとても狭くなった。
その結果、人間は稀にみる難産になって出産リスクが高くなり
他の哺乳類のように母親ひとりで子を産めなくなった。
そこで、女性の出産を助けるために人間は「協力しあう」という遺伝子を備えるようになった。
そういうことらしいです。
人間ひとりじゃ生きられないって、まさにこういうことですよね。
遺伝子的にはじめから誰かを頼りにしているのが人間で
そもそも「自立」ができない動物なのかも知れません。
つながりたい気持ちを決して消すことはできない。
「孤独」を辛いと感じるのは、きっとこの遺伝子が何らかの警鐘を鳴らしているんだろうな。
あらためて、人間には「つながり」が不可欠なのだとよくわかりました。
それは原始時代でも、アナログ時代でも、今のデジタルな時代でも同じはずです。
「もうひとりで生きてくんだ!」と開き直っても、四足歩行する人はいないですから(笑)
その「つながり」の研究も随分進んでいるみたいです。
たとえば、「ある人が幸福な友人を持つと、その人が幸福になる可能性は約9%増大する」とか
「不幸な友人を持った場合は、幸福になる可能性が約7%減少する」とか・・・
すごい研究だなと思います。
映画観ました。「ソーシャル・ネットワーク」。
面白かったけど、少なくともソーシャルなネットワークの話ではなかったです。
「あいつがうまくいってるんなら、俺は冷や飯を食うぞ」みたいな男の戦いの映画でしたね。
こういうの男が見ると嫌なんですよ、生々しくて。
人と差をつけたいのが男で、嫉妬するのが男で
それを知性で乗り越えながら生きているのが男で
いろいろ戦略を考えたりするのだけど・・・辛いな・・・わかるな・・・
女の子を巡って足の引っ張りあいや騙しあいをしていた
クラスメイトを思い出しました(笑)
最大の違いは「協力行動を自発的にとれるかどうか」なのだそうです。
どうしてそんな遺伝子を人間だけが持つようになったのか。
その由来に「なるほどなー」と思いました。
二足歩行するようになって、人間の骨盤は小さくなり、産道がとても狭くなった。
その結果、人間は稀にみる難産になって出産リスクが高くなり
他の哺乳類のように母親ひとりで子を産めなくなった。
そこで、女性の出産を助けるために人間は「協力しあう」という遺伝子を備えるようになった。
そういうことらしいです。
人間ひとりじゃ生きられないって、まさにこういうことですよね。
遺伝子的にはじめから誰かを頼りにしているのが人間で
そもそも「自立」ができない動物なのかも知れません。
つながりたい気持ちを決して消すことはできない。
「孤独」を辛いと感じるのは、きっとこの遺伝子が何らかの警鐘を鳴らしているんだろうな。
あらためて、人間には「つながり」が不可欠なのだとよくわかりました。
それは原始時代でも、アナログ時代でも、今のデジタルな時代でも同じはずです。
「もうひとりで生きてくんだ!」と開き直っても、四足歩行する人はいないですから(笑)
その「つながり」の研究も随分進んでいるみたいです。
たとえば、「ある人が幸福な友人を持つと、その人が幸福になる可能性は約9%増大する」とか
「不幸な友人を持った場合は、幸福になる可能性が約7%減少する」とか・・・
すごい研究だなと思います。
映画観ました。「ソーシャル・ネットワーク」。
面白かったけど、少なくともソーシャルなネットワークの話ではなかったです。
「あいつがうまくいってるんなら、俺は冷や飯を食うぞ」みたいな男の戦いの映画でしたね。
こういうの男が見ると嫌なんですよ、生々しくて。
人と差をつけたいのが男で、嫉妬するのが男で
それを知性で乗り越えながら生きているのが男で
いろいろ戦略を考えたりするのだけど・・・辛いな・・・わかるな・・・
女の子を巡って足の引っ張りあいや騙しあいをしていた
クラスメイトを思い出しました(笑)
been so long
写真は天神地下街の「カッパの泉」です。
ふと思ったのですが、大きな地下街には泉が必ずありませんか?
防災上の理由とかあるのかな・・・
熊本には交通センターと呼ばれるバスの天国みたいな所がありまして、
そこのセンタープラザという地下街にも泉があったと記憶しております。
そしてやっぱり泉には小銭が投げ込まれてるんですよね(笑)
地下街の泉は妙に神秘的です。

ふと思ったのですが、大きな地下街には泉が必ずありませんか?
防災上の理由とかあるのかな・・・
熊本には交通センターと呼ばれるバスの天国みたいな所がありまして、
そこのセンタープラザという地下街にも泉があったと記憶しております。
そしてやっぱり泉には小銭が投げ込まれてるんですよね(笑)
地下街の泉は妙に神秘的です。

眠れる森
長いこと部屋に籠っていたら、息苦しくなって外に出た。
寒さを期待して。
もうキンキンする冷たさではないけれど、
まだヒンヤリくらいはさせてくれる。
どういうわけか今夜は坂を上ってみようと思った。
全力坂みたいに息を切らしたくなった。走りはしなかったけど。
南公園の眠れる森と誰もいない教会の横を通り過ぎた。
なかなかのミステリーツアーを近所で体験できることをすっかり忘れていた。
道には「桜坂山の手通り」と名前が付いたらしかった。
途中に小洒落たイタリアンが2軒あったのが、どちらも店名が変わっていた。
新しいマンションもいくつか建っていた。知らぬ間にニョキニョキとまるで竹林のようだな・・・
と陳腐な例えが頭に浮かんだ。
休日前で多くの部屋にはまだ明かりがついていた。
桜坂にも多くの人が暮らしているんだなぁと妙に感慨深かった。
坂を上ってみると景色も雰囲気も随分変わるもんだ。
たまに上ると気持ちがいい。
その「たまに」の頻度が2年に1回くらいというのは、ちょっと上らな過ぎだったな。
帰りにコンビニでカットフルーツと雑誌買ったら、
ビニール袋の中で汁がこぼれてて雑誌がぐちょり・・・
でもいいや、これはこれで記録に残るから。
何事も見る角度が大切なんだよなぁ・・・と思う足先の寒い深夜であります。
おふろ、はいろ。

寒さを期待して。
もうキンキンする冷たさではないけれど、
まだヒンヤリくらいはさせてくれる。
どういうわけか今夜は坂を上ってみようと思った。
全力坂みたいに息を切らしたくなった。走りはしなかったけど。
南公園の眠れる森と誰もいない教会の横を通り過ぎた。
なかなかのミステリーツアーを近所で体験できることをすっかり忘れていた。
道には「桜坂山の手通り」と名前が付いたらしかった。
途中に小洒落たイタリアンが2軒あったのが、どちらも店名が変わっていた。
新しいマンションもいくつか建っていた。知らぬ間にニョキニョキとまるで竹林のようだな・・・
と陳腐な例えが頭に浮かんだ。
休日前で多くの部屋にはまだ明かりがついていた。
桜坂にも多くの人が暮らしているんだなぁと妙に感慨深かった。
坂を上ってみると景色も雰囲気も随分変わるもんだ。
たまに上ると気持ちがいい。
その「たまに」の頻度が2年に1回くらいというのは、ちょっと上らな過ぎだったな。
帰りにコンビニでカットフルーツと雑誌買ったら、
ビニール袋の中で汁がこぼれてて雑誌がぐちょり・・・
でもいいや、これはこれで記録に残るから。
何事も見る角度が大切なんだよなぁ・・・と思う足先の寒い深夜であります。
おふろ、はいろ。

まっちゃんブームと後ろメタファー
よく通る道に、いつもおじいちゃん警備員が立っておられて
その方の優しさ溢れる挨拶とご丁寧なお辞儀に、
いつも心がポカポカさせられる(しつこいが綾波レイ風)。
暴漢が襲ってきても勝てそうにないんだけど、
その「善良なオーラ」に触れたら、悪いことしようなんて気もなくなるような
そんな素敵なおじいちゃんだ。
その方を見かけるたびに思い浮かぶのが松本清張の「砂の器」。
作品に登場するのは善良な警察官なのだけど、なんとなく服装も似てるし・・・
高校時代、映画化された砂の器(丹波哲郎さん主演)を観てからというもの、
僕の中で松本清張ブーム(まっちゃんブーム)が吹き荒れたのは、まだ記憶に新しい。
作品の数が多いので全作読破はできていないけど、それくらいの勢いはありました。
つい最近も読んでいたのだが、3分の2くらい読みすすめたところで
「あっこれ昔読んだことあったや・・・」と気づく始末・・・
とかく、清張の作品には「後ろめたさ」が充満してるんです。
もちろん精巧なトリックを読み解いていくのも楽しいけれど、
清張の小説の核にあるのは「後ろめたさ」なんですよね。
女に手を出してしまったとか、ふとした出来心で犯罪に手を染めたとか
人間の煩悩に終わりがないことを教えてくれる。
現代は「後ろめたさ」=「後ろメタファー」が弱まっている時代だ。
ジョン・レノンがイマジンで「天国も地獄もない」と歌ったときあたりから
その兆候が始まったんだ、とおっしゃったのはMJ氏。
後ろメタファーが薄れていく時代になって「愛人がいてどこが悪いんだ」と
開き直られたら、清張の小説の醍醐味も半減してしまう。
何でも開き直ればいいというものではないと思う。
なにが「ありのままに」なんだよ。
僕は「後ろめたさ」がまったくない人にどうも魅力を感じない。
僕は昔、竹を割ったような性格に憧れた時期があった。
その方が楽そうだし、男らしいし、他人ウケもいいと思ったからだ。
実は今でも少しはそうなりたい。
でもそう簡単に性格は変わらないものだ。
だから「後ろめたさ」を抱えて、
後ろメタファーを出しながら生きていくのも悪くないと思うようにしている。
そこから表現力が生まれるかも知れないし。
まぁ残念ながら僕はクリエーターでも何でもない三十路の何にもない男。
これもまた「後ろメタファー」のひとつだね・・・

その方の優しさ溢れる挨拶とご丁寧なお辞儀に、
いつも心がポカポカさせられる(しつこいが綾波レイ風)。
暴漢が襲ってきても勝てそうにないんだけど、
その「善良なオーラ」に触れたら、悪いことしようなんて気もなくなるような
そんな素敵なおじいちゃんだ。
その方を見かけるたびに思い浮かぶのが松本清張の「砂の器」。
作品に登場するのは善良な警察官なのだけど、なんとなく服装も似てるし・・・
高校時代、映画化された砂の器(丹波哲郎さん主演)を観てからというもの、
僕の中で松本清張ブーム(まっちゃんブーム)が吹き荒れたのは、まだ記憶に新しい。
作品の数が多いので全作読破はできていないけど、それくらいの勢いはありました。
つい最近も読んでいたのだが、3分の2くらい読みすすめたところで
「あっこれ昔読んだことあったや・・・」と気づく始末・・・
とかく、清張の作品には「後ろめたさ」が充満してるんです。
もちろん精巧なトリックを読み解いていくのも楽しいけれど、
清張の小説の核にあるのは「後ろめたさ」なんですよね。
女に手を出してしまったとか、ふとした出来心で犯罪に手を染めたとか
人間の煩悩に終わりがないことを教えてくれる。
現代は「後ろめたさ」=「後ろメタファー」が弱まっている時代だ。
ジョン・レノンがイマジンで「天国も地獄もない」と歌ったときあたりから
その兆候が始まったんだ、とおっしゃったのはMJ氏。
後ろメタファーが薄れていく時代になって「愛人がいてどこが悪いんだ」と
開き直られたら、清張の小説の醍醐味も半減してしまう。
何でも開き直ればいいというものではないと思う。
なにが「ありのままに」なんだよ。
僕は「後ろめたさ」がまったくない人にどうも魅力を感じない。
僕は昔、竹を割ったような性格に憧れた時期があった。
その方が楽そうだし、男らしいし、他人ウケもいいと思ったからだ。
実は今でも少しはそうなりたい。
でもそう簡単に性格は変わらないものだ。
だから「後ろめたさ」を抱えて、
後ろメタファーを出しながら生きていくのも悪くないと思うようにしている。
そこから表現力が生まれるかも知れないし。
まぁ残念ながら僕はクリエーターでも何でもない三十路の何にもない男。
これもまた「後ろメタファー」のひとつだね・・・

たとえば僕が死んだら
この1年の自殺者がまたも3万人超だったいうニュースを聞いた。
表に出ていないものを含めればもっと多いのだろうな。
ほとんどの方は「死んだほうが楽だ」と思って亡くなられるのだろう。
こんなに積極的に死を選ぶ人が増えるということは、
裏を返せば「地獄の怖がらせのパワーが弱まっている証」という見方もできる。
地獄には大まかに8つ(さらに細かく分けると128)のステージがあるそうだ。
「等活地獄」「黒縄地獄」「衆合地獄」「叫喚地獄」「大叫喚地獄」
「焦熱地獄」「大焦熱地獄」「無間地獄」
「等活地獄」は主に殺生の罪を犯した者が堕ちる地獄。
罪人同志が骨になるまで殴り合う。死んでもすぐに元通りに生き返ってしまう。
刑期は約1,6兆年。
「黒縄地獄」は等活地獄の10倍恐ろしい。
殺生と窃盗を重ねた者が堕ちる地獄。
罪人は熱く焼けた鉄の上に倒され、熱く焼けた鉄の黒縄で縛られ
熱く焼けたのこぎりか斧で切られる。刑期は13兆年。
「衆合地獄」は黒縄地獄の10倍の苦を受ける。
殺生や盗みや淫らな行いをした者が堕ちる。
鉄の山が崩れて、それに圧しつぶされたり、鉄の巨像の踏まれたりする。
刑期は160兆年。
「叫喚地獄」は衆合地獄の10倍の苦を受ける。
殺生や盗みや淫らな行いや飲酒をした者が堕ちる。
熱湯が沸いた大釜や、猛火の鉄の部屋に入れられる。
刑期は約362兆年。
(面倒臭くなったので、以下割愛…)
つまりは、生きてる間に飲酒や殺生や淫らな行為をひとつもしなかった
人は滅多にいないだろうから、現代人のほとんどは
衆合地獄や叫喚地獄あたりまで堕ちることは決定しているんですよ。
こんな地獄の恐ろしさがわかってれば、自殺なんて出来ないにきまってます。
とはいえ、今の時代に地獄なんて信じる人はいない。
みんな現世の方がよっぽど「生き地獄」なのだ。
「仏教の力が及ばない世の中になる」
お釈迦さまが予言していた、まさにそのとおりになったんだな。

表に出ていないものを含めればもっと多いのだろうな。
ほとんどの方は「死んだほうが楽だ」と思って亡くなられるのだろう。
こんなに積極的に死を選ぶ人が増えるということは、
裏を返せば「地獄の怖がらせのパワーが弱まっている証」という見方もできる。
地獄には大まかに8つ(さらに細かく分けると128)のステージがあるそうだ。
「等活地獄」「黒縄地獄」「衆合地獄」「叫喚地獄」「大叫喚地獄」
「焦熱地獄」「大焦熱地獄」「無間地獄」
「等活地獄」は主に殺生の罪を犯した者が堕ちる地獄。
罪人同志が骨になるまで殴り合う。死んでもすぐに元通りに生き返ってしまう。
刑期は約1,6兆年。
「黒縄地獄」は等活地獄の10倍恐ろしい。
殺生と窃盗を重ねた者が堕ちる地獄。
罪人は熱く焼けた鉄の上に倒され、熱く焼けた鉄の黒縄で縛られ
熱く焼けたのこぎりか斧で切られる。刑期は13兆年。
「衆合地獄」は黒縄地獄の10倍の苦を受ける。
殺生や盗みや淫らな行いをした者が堕ちる。
鉄の山が崩れて、それに圧しつぶされたり、鉄の巨像の踏まれたりする。
刑期は160兆年。
「叫喚地獄」は衆合地獄の10倍の苦を受ける。
殺生や盗みや淫らな行いや飲酒をした者が堕ちる。
熱湯が沸いた大釜や、猛火の鉄の部屋に入れられる。
刑期は約362兆年。
(面倒臭くなったので、以下割愛…)
つまりは、生きてる間に飲酒や殺生や淫らな行為をひとつもしなかった
人は滅多にいないだろうから、現代人のほとんどは
衆合地獄や叫喚地獄あたりまで堕ちることは決定しているんですよ。
こんな地獄の恐ろしさがわかってれば、自殺なんて出来ないにきまってます。
とはいえ、今の時代に地獄なんて信じる人はいない。
みんな現世の方がよっぽど「生き地獄」なのだ。
「仏教の力が及ばない世の中になる」
お釈迦さまが予言していた、まさにそのとおりになったんだな。

歴史認識問題
このところまた南京事件や従軍慰安婦の歴史認識問題が
取りざたされてますが、この泥仕合はいつまで続くのだろうか・・・
大学でドイツの戦後賠償について少しかじったけど
ドイツはその点きちっとやってたなー。
「歴史認識」といえば、この他にも重大な歴史的事実が
日本の教科書から3つ抜け落ちていると思う。
まず1つ目は、あのイエス・キリストは青森県で亡くなられていたという事実です。
ちゃんと墓が残っているんですよ。磔になったのは身代わりの弟で
本人はシベリアを経由して青森に渡っていらっしゃったのです。
2つ目は、キリストが来られるよりも前に、あのモーゼも日本に来られていた
という事実です。モーゼの墓も石川県にちゃんと存在しています。
そうすると、出エジプトのときに海が割れたという伝説は、
実は輪島あたりの日本海だったということになります。
3つ目は、あの楊貴妃も日本で最期をとげられたという事実です。
これも山口県にちゃんと墓が残っているそうです。
世界三大美人のうち2人が日本に眠っていらっしゃる
というのは何だか嬉しいですね。
この3つについて、教科書は一切触れていない。
一刻も早く教科書に載せてほしいですね。
その昔、学研のムーにはちゃんと書いてありましたので。
ちなみに世間ではあまり知られていないこの3つの墓を
「三墓(さんバカ)大将」と呼ぶとか呼ばないとか・・・(笑)

取りざたされてますが、この泥仕合はいつまで続くのだろうか・・・
大学でドイツの戦後賠償について少しかじったけど
ドイツはその点きちっとやってたなー。
「歴史認識」といえば、この他にも重大な歴史的事実が
日本の教科書から3つ抜け落ちていると思う。
まず1つ目は、あのイエス・キリストは青森県で亡くなられていたという事実です。
ちゃんと墓が残っているんですよ。磔になったのは身代わりの弟で
本人はシベリアを経由して青森に渡っていらっしゃったのです。
2つ目は、キリストが来られるよりも前に、あのモーゼも日本に来られていた
という事実です。モーゼの墓も石川県にちゃんと存在しています。
そうすると、出エジプトのときに海が割れたという伝説は、
実は輪島あたりの日本海だったということになります。
3つ目は、あの楊貴妃も日本で最期をとげられたという事実です。
これも山口県にちゃんと墓が残っているそうです。
世界三大美人のうち2人が日本に眠っていらっしゃる
というのは何だか嬉しいですね。
この3つについて、教科書は一切触れていない。
一刻も早く教科書に載せてほしいですね。
その昔、学研のムーにはちゃんと書いてありましたので。
ちなみに世間ではあまり知られていないこの3つの墓を
「三墓(さんバカ)大将」と呼ぶとか呼ばないとか・・・(笑)

共喰い
今朝ふくらはぎの痙攣で目が覚め、
そろそろやばいなと思ったので
帰りにリフレクソロジーのマッサージを受けてきた。
おかげで全身の血の巡りがよくなりました。
代謝もよくなってオシッコがビャービャー出てます。
そして何だか、身体がポカポカする(綾波レイ風)。
昨日、友人が「ガムいる?」的なノリで「これ読む?」
とカバンから取り出した田中慎弥さんの「共喰い」。
あの「芥川賞もらっといてやる」でお馴染みの田中さんです。
読んだ感想を一言で言うなれば、「ナマくさ~い作品だった」。
さっきまでアロマの焚かれたいい香りの部屋にいたのに
読んでいくうちに、それが悪臭に変わっていった。
生活排水や下水が流れ込んで、ぶくぶくと泡立つ河口。
義手の手で魚をさばく母。
父の忌むべき性癖。
自分にその血が流れているのを恐れる少年。
作品のベースにはそんなナマ臭さがプンプン漂っている。
これほど「ニオイ」が伝わってくる作品は今まであったかな。
最近は滅菌加工された無臭のアニメばかり観ていたからか
その生々しさにちょっとオエッとなりました。
純文学ひさびさ読んだけど、なんか最近苦手・・・

そろそろやばいなと思ったので
帰りにリフレクソロジーのマッサージを受けてきた。
おかげで全身の血の巡りがよくなりました。
代謝もよくなってオシッコがビャービャー出てます。
そして何だか、身体がポカポカする(綾波レイ風)。
昨日、友人が「ガムいる?」的なノリで「これ読む?」
とカバンから取り出した田中慎弥さんの「共喰い」。
あの「芥川賞もらっといてやる」でお馴染みの田中さんです。
読んだ感想を一言で言うなれば、「ナマくさ~い作品だった」。
さっきまでアロマの焚かれたいい香りの部屋にいたのに
読んでいくうちに、それが悪臭に変わっていった。
生活排水や下水が流れ込んで、ぶくぶくと泡立つ河口。
義手の手で魚をさばく母。
父の忌むべき性癖。
自分にその血が流れているのを恐れる少年。
作品のベースにはそんなナマ臭さがプンプン漂っている。
これほど「ニオイ」が伝わってくる作品は今まであったかな。
最近は滅菌加工された無臭のアニメばかり観ていたからか
その生々しさにちょっとオエッとなりました。
純文学ひさびさ読んだけど、なんか最近苦手・・・

コッテコテの物語
今週は病院に始まり病院に終わるウダツの上がらない一週間だったが
もう3年くらいこんな調子だし、特にどういうこともない。
ただ少し暖かくなって患者の数が急増していたな、今週は。
最近アニメを見れば眠くなるという法則を見つけたので
週刊ストーリーランドやエヴァンゲリヲンを見ながら寝るのだが
そうすると見る夢もやっぱりアニメーションなんだよな。
夢でセカンドインパクトが起こって汗だくで目覚める、みたいな。
夢は現実、現実は夢。
世界は絶えず夢を見ている。
この世界は大衆演劇を絶えず上映しつづける劇場なのだ、と思う。
人はそれぞれにいい加減な役回りを与えられた三流役者にすぎない。
こんな延々似たような筋書きが世代を超えて繰り返されるだけの嘘っぱち
のドラマをなぜ僕たちは面白いと思ってしまうのか。
そこがあらゆる問題のキーポイントだと気づいた。
そう考えると、この世界が平和で穏やかなものに決して進化しない
理由がよく理解できる。
環境ビデオまがいのつまらない演劇は誰だって観たくはないのだ。
僕のA.T.フィールドが破られるようになったのは、年末に買った本を読み始めてから。
社会学、宗教学、宇宙科学、進化論、遺伝子論・・・
「あれ、なんか違うぞ」と思いながら読んでいて
というのも、今までは本を読んでも枝葉にしかならなかったものが
今度はコアの部分にもろに影響を受けてしまったというか
「そもそもどうなんだ」と突き詰めていたら、えらくとんでもないところにたどり着いたというか。
これぞ「自分失くしの旅」なんだろうけど。
集中するってことが、もしかしたら人生の最大の幸福なのかも知れないな。
集中することができない人は、幸せだとは言えない気がする。
自分は頭の回転が速いほうではないけれど、何かに興味を持てれば
ずっとそれに取り組める。
沸騰するまでは時間がかかるけれど、一度沸騰したらずっと熱い。
大きなヤカンみたいに。

最近は写真集や詩集もたまに眺めるようになった。
本が漢方薬なら、写真や詩はユンケルみたいなもの。
すぐ効くけれど何だか身体には悪そう。
気に入った詩があったので、以下引用。若干エヴァ的。
もう3年くらいこんな調子だし、特にどういうこともない。
ただ少し暖かくなって患者の数が急増していたな、今週は。
最近アニメを見れば眠くなるという法則を見つけたので
週刊ストーリーランドやエヴァンゲリヲンを見ながら寝るのだが
そうすると見る夢もやっぱりアニメーションなんだよな。
夢でセカンドインパクトが起こって汗だくで目覚める、みたいな。
夢は現実、現実は夢。
世界は絶えず夢を見ている。
この世界は大衆演劇を絶えず上映しつづける劇場なのだ、と思う。
人はそれぞれにいい加減な役回りを与えられた三流役者にすぎない。
こんな延々似たような筋書きが世代を超えて繰り返されるだけの嘘っぱち
のドラマをなぜ僕たちは面白いと思ってしまうのか。
そこがあらゆる問題のキーポイントだと気づいた。
そう考えると、この世界が平和で穏やかなものに決して進化しない
理由がよく理解できる。
環境ビデオまがいのつまらない演劇は誰だって観たくはないのだ。
僕のA.T.フィールドが破られるようになったのは、年末に買った本を読み始めてから。
社会学、宗教学、宇宙科学、進化論、遺伝子論・・・
「あれ、なんか違うぞ」と思いながら読んでいて
というのも、今までは本を読んでも枝葉にしかならなかったものが
今度はコアの部分にもろに影響を受けてしまったというか
「そもそもどうなんだ」と突き詰めていたら、えらくとんでもないところにたどり着いたというか。
これぞ「自分失くしの旅」なんだろうけど。
集中するってことが、もしかしたら人生の最大の幸福なのかも知れないな。
集中することができない人は、幸せだとは言えない気がする。
自分は頭の回転が速いほうではないけれど、何かに興味を持てれば
ずっとそれに取り組める。
沸騰するまでは時間がかかるけれど、一度沸騰したらずっと熱い。
大きなヤカンみたいに。

最近は写真集や詩集もたまに眺めるようになった。
本が漢方薬なら、写真や詩はユンケルみたいなもの。
すぐ効くけれど何だか身体には悪そう。
気に入った詩があったので、以下引用。若干エヴァ的。
前の10件 | -




![ソーシャル・ネットワーク [DVD] ソーシャル・ネットワーク [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51M67OERlTL._SL160_.jpg)



